正月、節分、ひな祭り、端午の節句、七夕、お月見、七五三など、日本の年中行事に欠かせないお飾りの由来と商品をご紹介します
おかざり庵

年中行事の由来とお飾り

■1月[睦月:むつき]
■2月[如月:きさらぎ]
■3月[弥生:やよい]
■4月[卯月:うづき]
■5月[皐月:さつき]
■6月[水無月:みなづき]
■7月(文月:ふみつき]
■8月[葉月:はづき]
■9月[長月:ながつき]
■10月[神無月:かんなづき]
■11月[霜月:しもつき]
■12月[師走:しわす]

土用の丑の日

〜鰻を食べて夏を乗り切ろう!〜

土用の丑の日とは

土用(どよう)とは立春、立夏、立秋、立冬それぞれの前18日間の期間のことです。これは中国の五行説の考えで、宇宙のすべては木、火、土、金、水に支配され、この期間は土に支配されている期間と考えます。現在は、立秋前の土用のみが「土用」と言われるようになりました。

次に丑の日(うしのひ)ですが、これは十二支を日にちにあてはめて「丑」にあたる日のことです。土用の期間は18〜19日間となり、毎年異なるため、丑の日が2回になることもあります。

土用の丑二の丑
2006年7月23日8月4日
2007年7月30日
2008年7月24日8月5日
2009年7月19日7月31日
2010年7月26日

土用の丑の日の由来

土用の丑の日にうなぎを食べる由来はいくつかあります。

もともとこの時期には精力をつけるために土用餅(どようもち)というあんこ餅や土用蜆(どようしじみ)土用卵と、精が付く食べ物を食べる習慣があったり、「丑の日には「う」の付く食べ物(うどん、瓜、梅干など)を食べると体によい」という言い伝えなどがありました。

その他に江戸時代に入ってからの3つの説があります。

平賀源内説

平賀源内江戸時代中後期の蘭学者平賀源内は、売上が伸びずに困っているうなぎ屋からなんとか売れるよう宣伝を依頼され、「丑の日に「う」の付く「鰻」を食べるのがよい」ということで"本日丑の日"という貼紙をしました。

そうしたところ、「かの源内先生が言うことに間違いはない!」とお客が殺到し、お店は大繁盛。

それを聞いた他の鰻屋も真似をするようになったそうです。

神田のうなぎ屋 春木屋善兵衛説

平賀源内の頃よりも50年くらい前のこと。神田和泉町のうなぎ屋 春木屋善兵衛は、藤堂という大名から「旅に出るので蒲焼きをたくさん焼いておいてほしい」と注文を受けました。あまりに注文が多かったので、土用の子、丑、寅の3日間蒲焼きを焼き続け、できた蒲焼きはその日ごとにカメに入れて保存していました。蒲焼きを渡す日になってカメから蒲焼きを出すと、子、寅の日に作ったものは色、味ともに変わっていたのに、丑の日に作ったものは色も味も香りも変わっていませんでした。それ以来、「うなぎの蒲焼きは土用の丑の日のものに限る!」ということになったそうです。

大田蜀山人説

大田蜀山人この説は平賀源内の説とよく似ています。

江戸時代中期の狂歌師大田蜀山人(おおたしょくさんじん)は、ある知り合いのうなぎ屋から宣伝を頼まれ、土用の丑の日に「本日食べれば一年中無病息災」という紙を貼りだしたそうです。

あな鰻 いずこの里の 妹(いも)と背(せ)に 裂かれて後に 身を焦がすとは  蜀山人(狂歌)

ちなみにこの大田蜀山人、日本で最初にコーヒーを飲んだ人だそうです。^^;

うなぎ関連サイト

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  • うなぎネット
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