正月、節分、ひな祭り、端午の節句、七夕、お月見、七五三など、日本の年中行事に欠かせないお飾りの由来と商品をご紹介します
おかざり庵

年中行事の由来とお飾り

■1月[睦月:むつき]
■2月[如月:きさらぎ]
■3月[弥生:やよい]
■4月[卯月:うづき]
■5月[皐月:さつき]
■6月[水無月:みなづき]
■7月(文月:ふみつき]
■8月[葉月:はづき]
■9月[長月:ながつき]
■10月[神無月:かんなづき]
■11月[霜月:しもつき]
■12月[師走:しわす]

父の日

〜お父さん、お仕事お疲れさまです。今日はゆっくり休んでね〜
[日比谷花壇]イエローローズ

父の日とは

父の日父を讃え感謝する日で、6月の第3日曜日に行われています。

この日には白や黄色のバラ、白い百合やプレゼントを贈ったり、一緒に過ごしたりすることで、感謝と敬いの気持ちを表します。


百合の花束/\4,200

父の日の由来

[画像]ジョン・ブルース・ドット夫人
ジョン・ブルース・ドット夫人

一番最初に父の日を始めたのは?、と聞かれると実はあまり定かではなく、1908年のアメリカ・ウェストヴァージニア州の教会が礼拝をしたのが最初とする説ワシントン州で最初の父の日のセレモニーが行われた、などという説があります。

この中で、一番有名なのはワシントン州スポークンのブルース・ジョン・ドット夫人(ソノラ・スマート)のお話です。

彼女の父ウィリアム・スマートは市民戦争の退役軍人で、妻は6番目の子を産んだときに亡くなってしまいました。そこで、彼は田舎の農場で男手一つで5人の子どもと生まれたばかりの赤ん坊を育てたのでした。

ソノラは父がなくなってから、父は自分たち子どものためにすべての犠牲を払い、勇敢で献身的で、愛情あふれる人であったことに気づきました。

1909年、ドット夫人となったソノラは、教会で母の日の説教を聞いているときに「なぜ母の日はあるのに父の日はないのだろう?」と父の日のアイデアを思いつき、6月5日の彼女の父の誕生日に父の日の礼拝を行いたい、と牧師や周りの人たちにお願いをしました。しかし、その日はすぐだったので牧師は準備することができず、2週間後の6月19日に行いました。

この話からワシントン州では6月の第3日曜日を父の日とするようになりました。

初期の頃は、花を胸に挿していましたが、ドット夫人は健在の父には赤いバラ亡くなった父には白い花で敬意を示すことを支持しました。1912年にはJ.H. Berringerが白いライラックの花を父の日の花に選びました。赤いバラ
赤いバラの花束/\8,400

1916年になると、父の日を毎年行おうという活動が始まり、ウィルソン大統領はこの考えを認めましたが、国家的行事になったのは1924年クーリッジ大統領になってからで、1966年ジョンソン大統領が6月の第3日曜日を父の日として制定しました。

日本へは母の日よりも4年遅い昭和28年(1953年)頃伝わってきて、母の日と同じように一般行事として浸透していきました。

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